通夜について
前回までは「臨終から納棺まで」と題して、4回にわたって「通夜」を迎えるまでの儀式の意義やしきたりについて述べてまいりました。ここまでは親族を中心とした儀式ですが、「通夜」からは、故人との親交のあった方々など、多くの人々の参列をいただいて執り行なう儀式となります。

通夜の儀式と意義
通夜は夜伽(よとぎ)・伴夜(ばんや)ともいい、葬儀の前の晩から、夜を徹して経を読み、死者に変わりがないように棺のかたわらで遺体を守っていたもので、全通夜ともいいますが、現在ではお逮夜(たいや)[葬儀の行われる前夜]に僧侶を招いて経を読み食事をして供養するのが普通です。また以前は近親者だけで営まれていましたが、最近では多くの人が通夜と葬式の両方に出席したり、葬式には都合が悪いため、通夜だけに出席したりと変わってきました。しかし、通夜は家族の一員を失った遺族にとっては、非常に辛い場ですから、一般の参列者にとっては、できるだけ長居をしないことも大切でしょう。
 通夜は故人生前の徳を偲び、冥福をお祈りすることが最大の目的ですが、平常忘れがちな「生」と「死」の問題に直面させられる機会でもあり、故人からの厚情に感謝するとともに自らの人生を顧みる機会ともなります。

通夜の起源
日本書紀に「喪屋を造りて殯(もがり)す」と記されていますが、「喪屋」とは喪中の生活を送るための家の事であり、「殯」とは貴人の本葬をする前に、仮に遺体を納めて祭ることを意味しています。したがって西暦700年代の奈良時代には、すでにこの儀式が執り行なわれていたことがうかがわれます。
 このように、現在でも地方により通夜の事を「ソイネ」とよぶこともあるように、古くから死後の特定の期間を遺族が遺体と供に別小屋で過ごすことがありました。そこは別火による忌みの生活、喪の生活を送る所でした。「別火」とは、死を穢(けが)れあるものと考え、通常の生活で使用する「火」や道具などを使用しない生活を送ることで、「湯灌(ゆかん)」の項で述べた「左ひしゃく」や「逆さ水」等の風習と共通するものがあります。その場所を殯宮(もがりのみや)、喪屋等と呼び、そこで故人との最後のお別れをしたり、はかない蘇生ヘのお祈りを捧げたりしました。その後しだいに、別火の喪の生活を自宅で行なうようになり、現在の通夜の形式が定着しました。

宗派により異なる葬儀の次第
浄土真宗では、生前に本山で帰敬式を受けていない場合には、通夜の前に導師が門主にかわってカミソリを頭に当て、剃髪式を行ったり、南無阿弥陀仏と書かれた本尊を棺の中に納めたりするような儀式もあります。宗派により、多少の違いがありますので、平安祭典のスタッフにご相談ください。

《参考文献》
◆「仏教大辞典」古田紹欽・金岡秀友・鎌田茂雄・藤井正雄監修 ◆「仏教儀礼辞典」 藤井正雄編 ◆「広辞苑」 岩波書店刊 ◆「日本仏教基礎講座5 浄土真宗」 早島性純編 ◆「仏教葬祭大辞典」 藤井正雄・花山勝友・中野東禅編

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